MADE IN JAPAN

本当に必要な機能だけを選び抜いたシンプルさ、使う人それぞれの痕跡でゆっくりと完成していくような、作り込み過ぎない余白を残したデザイン、そして日常づかいの道具としての実用性。ブランドコンセプトをそのまま形にした〈スタンダードサプライ〉の象徴、“デイリーデイパック”はどのように生まれたのか。開発の経緯と試行錯誤、完成後も続くアップデートについて、デザイナー・藤本孝夫に話を聞いた。

写真: 平野太呂, 山口恵史(物撮り)
取材・文: 呉屋秀樹

1 ブランドロゴが刻印されたレザータグ。使う人によって育てられていく、温もり感を表現するため、ナチュラルな風合いで経年変化を楽しめるヌメ革を採用している。

2 福井で織り上げ、岐阜で染め、また福井で裏加工を施した後、東京で裁断された生地と、全国各地から集まった付属パーツ。これらを熟練した職人技で縫製し、組み上げる。

「クラシックアウトドアの
機能素材でバッグを作ろうと思った」

“デイリーデイパック”は、〈スタンダードサプライ〉が2014年にスタートしてから、ずっと定番として展開し続けているモデルで、私たちのブランドを代表するベーシックです。そもそもは、「エバーグリーンワークス」を設立したときに立ち上げたブランド、〈アーツ&クラフツ〉のコレクションの一部として作ったものだったんです。〈アーツ&クラフツ〉は、最初の卸先が「ビームス プラス」さんだったので、男っぽくてタフな、当時の言葉だと“ラギッド”なテイストのブランドでした。その後、アパレルショップだけではなく、ライフスタイルショップでも取り扱ってもらえるようになったことで、商品ラインナップの幅も広がっていきました。その過程で生まれたのが現在の“デイリーデイパック”の元となった60/40クロスシリーズです。シンプルなリュックを作りたいと思っていたのですが、素材の背景がこれまでのブランドの世界観とあまりかけ離れたものにしたくなくて。そこで目をつけたのが、クラシックアウトドアで使われてきたテキスタイルの60/40クロスでした。綿だけとも、ナイロンだけとも違うミックス素材独特の表情が面白いかなと思ったんです。コットンが水分を含むことで目が詰まり、防水性が高まるというアナログな機能素材に、現代ならば軽さを考慮してプラスチックパーツを合わせるところをメタルパーツにしたり、ショルダーストラップの縫い付けの補強に本革を使ったり、クラシックアウトドアバッグのテイストを少し加えつつ、全体としてはシンプルにまとめました。昔のデイパックのように、前ポケットだけという見た目ですが、通しマチ(底面と側面部分が1枚の生地でつながっている)にすることで、スペースを作り出してサイドポケットも付けました。当時のモデルは口を面ファスナーでベタ付けして、できるだけ目立たないようにしていました。

  • 1 ブランドロゴが刻印されたレザータグ。使う人によって育てられていく、温もり感を表現するため、ナチュラルな風合いで経年変化を楽しめるヌメ革を採用している。
  • 2 福井で織り上げ、岐阜で染め、また福井で裏加工を施した後、東京で裁断された生地と、全国各地から集まった付属パーツ。これらを熟練した職人技で縫製し、組み上げる。

3 裁断・縫製工場に保管されている、“デイリーデイパック”のプロトモデルの型紙。リリースから10年経った現在も、基本的なパターンは変わらない。

4 オリジナルで開発した〈スタンダードサプライ〉専用の60/40クロスの生機(きばた)。これをナイロン、コットンそれぞれの染料で二浴染めすることで着色する。

「使いやすさを考え抜いて
アップデートを繰り返す」

〈アーツ&クラフツ〉 のデイパックは、スイスのメーカー〈riri〉の“M6”というファスナーを使っていました。〈riri〉にはNATO軍に納めるような無骨なファスナーもあるのですが、“M6”はムシ(スライダーが上下することで、互いにかみ合ったり離れたりする部分)がバレル掛けで一つひとつ磨いてあって、すごく綺麗なんです。当時は磨きのかかったファスナーがこれしかなくて、好んでいろいろなものに使っていましたね。マットな60/40クロスとキラッと光沢のある〈riri〉のコンビネーションがうまくまとまって、すごく上品に仕上がりました。印象がユニセックスとか、モダンだとか言われたりしましたが、女性に向けて作ったというよりは、自分の「好き」を積み重ねていって、必然的にここに辿り着いたという感じです。ただ、やはりその上品さゆえ、〈アーツ&クラフツ〉のコレクションの中では少し浮いた存在だったので、売れ行きが好調なのは分かっていましたが廃番にすべきか悩んでいました。それでも「デルフォニックス」さんをはじめ、引き続き取り扱いたいと言ってくださる方々がいて、それならばと60/40クロスシリーズを独立させるかたちで〈スタンダードサプライ〉を立ち上げることに。そして、新たなコンセプトを掲げて“デイリーデイパック”もリニューアルしたんです。まず、持ち手にグローブレザーを巻きました。これは、通勤時間が長いスタッフから、電車で手持ちするときに手が痛いので改善したいという要望で。サイドポケットはフル面ファスナーだったものを、片側はオープンに、もう片側は開きやすいように指一本分の隙間を作りました。あとスイス製の〈riri〉のファスナーをメイドインジャパンの〈YKK〉“エクセラ”に変更。フロントポケットはダブルファスナー仕様にして、レザーの引き手もつけました。

  • 3 裁断・縫製工場に保管されている、“デイリーデイパック”のプロトモデルの型紙。リリースから10年経った現在も、基本的なパターンは変わらない。
  • 4 オリジナルで開発した〈スタンダードサプライ〉専用の60/40クロスの生機(きばた)。これをナイロン、コットンそれぞれの染料で二浴染めすることで着色する。

5 〈スタンダードサプライ〉のプロダクト生産を長く手がける縫製工場を見学。ものづくりする職人の仕事を支える、道具や型紙、メモなどが綺麗に整理されていた。

6 黙々と作業を進める縫製職人たち。ここでは、納入された生地を裁断した後、パーツや部位ごとに、それぞれの担当者が分業して“デイリーデイパック”を縫製している。

「使う人を選ばない
スタンダードを作り続けたい」

財布や鍵など小物を入れることが多く、開け閉めが多いフロントポケットは左右どちらからでも開けられるようにしたかったんです。その後もメタルパーツや60/40クロスをオリジナルで開発したり、ショルダーハーネスのクッション材の厚みを変えたり、中にテープを通して強度をあげたり......。スタッフが実際に使ってみた感想や、お店やオンラインショップに寄せられるお客様の声に耳を傾けながら、使い勝手の良さを向上させる見直しは今なお、継続しています。バッグはファッションの一部ではありますが、日常で使う道具でもあります。だからコンセプトにあるように、本当に必要とされるもの、使う人を選ばず、気兼ねなく長く使い続けられるものを作りたいんです。ブランド名の〈スタンダードサプライ〉は、直訳すれば“標準品”。トレンドによって求められるものも変わったりするかもしれませんが、僕らが目指しているのは、同じものを提供し続けること。新しい素材や、新しい形は模索し続けなくちゃいけないのですが、きっとこれからも、時代やライフスタイルの変化に合わせた細かいアップデートを繰り返しながら、“デイリーデイパック”を作り続けていくのだと思います。

  • 5 〈スタンダードサプライ〉のプロダクト生産を長く手がける縫製工場を見学。ものづくりする職人の仕事を支える、道具や型紙、メモなどが綺麗に整理されていた。
  • 6 黙々と作業を進める縫製職人たち。ここでは、納入された生地を裁断した後、パーツや部位ごとに、それぞれの担当者が分業して“デイリーデイパック”を縫製している。

MADE WITH CRAFTSMANSHIP

DETAIL 1 60/40 CLOTH

ブランドを象徴する、
通称“ロクヨン”クロス

“デイリーデイパック”の特徴の一つは、その素材感だ。使用されているのは、1960年代に開発され、クラシックアウトドアの定番テキスタイルとして名を馳せた60/40クロス、通称“ロクヨン”。横糸に綿、縦糸にナイロンを約6対4の比率で織り上げられていて、綿のナチュラルな風合いとナイロンの光沢が入り混じった、独特な表情が魅力。しかし、もともとウエア用の生地だった60/40クロスを、バッグ用に最適化するには多くの試行錯誤があったという。初期は市場に流通している60/40クロスに加工を施して使っていたが、2020年にオリジナルの開発に踏み切った。まずは、従来よりも太い綿糸を使い、高密度で織り上げることで、生地のボリュームをアップ。さらに裏側のコーティングに使用するアクリル樹脂の配合を見直すことで、60/40クロスのしなやかな表情を邪魔しない程度にハリを出した。オリジナル生地の開発は、品質の向上はもちろん、安定的な供給のコントロールも狙い。これからも、“デイリーデイパック”を作り続けていくという意思表明でもある。

DETAIL 1 60/40 CLOTH
DETAIL 2 FASTENER

美しい光沢と滑らかなスライドが魅力のファスナー

控えめな光沢とナチュラルな風合いを持つ60/40クロスと、見え隠れするファスナーのメタリックな輝き。このエレガントな質感のコンビネーションも“デイリーデイパック”のチャームポイント。プロトモデルではスイスのメーカー〈riri〉のファスナーを使っていたが、〈スタンダードサプライ〉の立ち上げと同時に〈YKK〉の“エクセラ”に変更。生地の製造から、縫製、仕上げまでを国内で行う、生粋のメイドインジャパンを貫くため、付属パーツも日本製に切り替えた。“エクセラ”は、ファスナーで世界トップシェアを誇る〈YKK〉のプロダクトの中でも、最高峰のクオリティを誇るシリーズ。ムシと呼ばれるエレメント(金具部分)一つひとつに入念な磨きをかけ、美しさとなめらかな手触りを追求している。噛み合わせも良く、スライドはスムーズで実用性も高い。メインコンパートメントとフロントポケット、ともに左右どちらからでも開閉できるダブルファスナー仕様。特にフロントポケットは使ってみるとその便利さを実感できる、ユニバーサルなデザイン。

DETAIL 2 FASTENER
DETAIL 3 GLOVE LEATHER

手に優しく馴染む、
グローブレザーを巻いたトップハンドル

“デイリーデイパック”のトップハンドルには、主に野球グローブなどに用いられるグローブレザーが巻かれている。もともとはナイロンテープのみだったが、「通勤時の電車内ではバックパックを手持ちすることが多いので、手の負担を減らし、より持ちやすい仕様にしたい」という、スタッフの体験から生まれたアイデアを実現したものだ。ハンドルの幅を広げ、手の平サイズの革を巻いたことで、プロトモデルと比べて圧倒的に持ちやすくなっている。グローブレザーは、クロム鞣しされた牛革で、柔軟性、弾力性、耐久性に優れているのが特徴。手に触れ、重みを受け止めるハンドルのカバー素材として最適だ。しかも、革の内部まで染料を浸透させる「芯通し」によって、いっそう柔らかな風合いに仕上げたものを使用している。ちなみに、“デイリーデイパック”には、3種類の革が使われていて、グローブレザーは、トップハンドルだけ。革の種類を増やすと材料の調達や加工などの手間が増えてしまうのだが、そこは使いやすさが優先。適材適所の素材使いを貫いている。

DETAIL 3 GLOVE LEATHER
DETAIL 4 POCKET

使い勝手を考えて生まれた
機能的なポケット

“デイリーデイパック”は、ダブルファスナー仕様のフロントポケットと、2つのサイドポケットを備えている。フロントポケットの内部には、小物の整理に役立つ仕切りポケットとキーフック付き。外見は限りなくシンプルだが、見えない部分には、道具としての使い勝手を考えた機能が隠されている。サイドポケットは、もともと面ファスナーによるフルクローズ仕様だったが、〈スタンダードサプライ〉の立ち上げ時にアップデート。片側は折り畳み傘やペットボトルを収納しやすいオープンポケットに、そしてもう片側は、開けやすく改良した面ファスナー付きポケットに。1枚だった面ファスナーを短い2枚に変更することによって指を入れるスペースを作っているので、パーツの数も縫製の回数も増えてしまったが、使い勝手は飛躍的に向上。余計なパーツを加えるのではなく、手間を増やしてでもシンプルさを追求する引き算のデザインが〈スタンダードサプライ〉らしい。「より多くの気持ちをより少ないデザインで」というブランドコンセプトがよく表れたディテールだ。

DETAIL 4 POCKET
DETAIL 5 SHOULDER STRAP

テープを内蔵して強度を高めた
ショルダーストラップ

ショルダーストラップは、バックパックの背負い心地を左右する重要なパーツ。当然、ここにも〈スタンダードサプライ〉のこだわりが詰まっている。ストラップの中には、肩にかかる負担を軽減するためのクッション材として、厚さ10mmのウレタンフォームが入っているのだが、特筆すべきはさらに補強用のナイロンテープが入っているということ。アウトドアブランドの作るバッグで、ショルダーストラップの外側に補強テープを這わせているものは見かけるが、内部に通しているものは珍しい。その理由はおそらく作業が難しく、手間がかかるからだろう。しかし、テープを内蔵することで得られるメリットは大きい。万が一、ストラップ部分の生地が破れてもテープが残ることで脱落を防げること、強度が高まり、荷物を軽く感じられること、そして、シンプルな見た目を維持できること。〈スタンダードサプライ〉としては、デザイン面においても実用面においても、妥協できない重要なポイントだった。職人の協力と熟練の技があってこそ実現し、続けられる仕様なのだ。

DETAIL 5 SHOULDER STRAP
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